人的資本経営への注目が高まるなか、経済産業省が公表した「伊藤レポート」について詳しく知りたい方も多いのではないでしょうか。この記事では、伊藤レポートが作成された背景や目的について解説します。伊藤レポート2.0・人材版伊藤レポートの概要もまとめていますので、人的資本経営を円滑に進めるための情報として参考にしてください。
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人的資本経営の概要
まずは、人的資本経営の概要と注目される理由を見ていきましょう。
人的資本経営とは
人的資本経営とは、従来のように人材をコストのかかる資源ではなく、資本として捉える新しい経営のあり方です。重点的に投資すべき資本とみなすことで企業の中長期的な成長を目指します。近年では人的資本経営を投資の判断基準にする投資家が増えており、企業としても積極的な取り組みが求められています。
人的資本経営が注目される理由
人的資本経営が注目される背景には、次の4つの理由があります。
- 人的資本の価値の高まり
- 人的資本に対する国際的な流れ
- ISO30414(人的資本のガイドライン)の公開
- ESG投資への注目
欧米では、人材育成やダイバーシティなどの情報開示が義務化・義務化予定となっており、日本でも人的資本に関する情報開示の法整備が進んでいます。また、2018年12月にISO(国際標準化機構)が、「人的資本に関する情報開示のガイドラインISO30414」を発表したことで、さらに注目を集めるようになりました。
人的資本経営に欠かせない伊藤レポートとは
人的資本経営を通して中長期的な企業価値を向上するためには、伊藤レポートへの理解が不可欠です。ここからは、伊藤レポートの概要、背景、目的を解説します。
経済産業省が公表した報告書の通称
伊藤レポートとは経済産業省の「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトにおける、最終報告書の通称です。プロジェクトにおける座長・伊藤邦雄氏に由来しており、2014年8月に公表されると国内外からも大きな反響がありました。一橋大学の名誉教授でもある伊藤邦雄氏は、現在も日本の人的資本経営を推進するための取り組みを行っています。
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伊藤レポートが作成された背景
日本企業の収益性の低迷が、伊藤レポート作成の背景にあります。日本では企業と投資家が対立する傾向があるといわれており、国際的な競争力を妨げる原因となっていました。企業が継続して収益を伸ばすには、投資家の意向を尊重して、協力関係を築くことが必要です。伊藤レポートには、企業と投資家が良好な関係を構築するための方法が提言されています。
伊藤レポートの「基本メッセージ」
伊藤レポートに記載された「基本メッセージ」は次の6つです。
- 持続的成長の障害となる慣習やレガシーとの決別を
- イノベーション創出と高収益性を同時実現するモデル国家を
- 企業と投資家の『協創』による持続的価値創造を
- 資本コストを上回る ROE を、そして資本効率革命を
- 企業と投資家による『高質の対話』を追求する『対話先進国』へ
- 全体最適に立ったインベストメント・チェーン変革を
伊藤レポートでは、世界で最もイノベーティブな国である日本の「持続的低収益性」を課題として捉え、解決のための道筋を示しています。。
伊藤レポートが目指すもの
伊藤レポートが目指すものは、大きく次の3つです。
- 企業と投資家が協創する
- 経営で資本効率を重視し、中長期的なROEを向上させる
- 企業と投資家の関係改善のために対話をする
協創とは、さまざまな立場の人たちと協力して新しい価値をつくりあげていくことです。伊藤レポートでは、企業と投資家の対話の欠如がもたらす悪循環を指摘しており、関係改善のためには、長期的な企業価値創造に向けた対話や情報開示が必要だと説いています。
ROEとは
伊藤レポートでは資本効率を重視し、中長期的なROE向上を目指すべきだと提言しています。ROEとは自己資本に対する利益率です。一般的に、8~10%を超えると優良企業だと評価され、投資先を決定する重要な判断基準となります。伊藤レポートでは8%を目標水準としています。
2017年10月に伊藤レポート2.0を公表
伊藤邦雄氏を座長とする経済産業省のプロジェクトは継続的に開催されており、これまでに伊藤レポート2.0や人材版伊藤レポートなど、複数の種類が公表されています。
伊藤レポート2.0はアップデート版
伊藤レポート2.0とは、2017年10月に公表された「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会報告書」の通称です。2014年8月に公表された伊藤レポートのアップデート版で、企業による戦略投資の行われ方、戦略投資の評価の仕方を取り上げています。
伊藤レポート2.0が目指すもの
伊藤レポート2.0が目指すものは、大きく分けて次の2つです。
- 企業が企業価値の創造に向けて、経営のあり方を整理し行動に移す
- 投資家が企業と対話して、投資を判断する
企業価値の創造の手段として、施設や設備などの「有形資産」の量を増やすことよりも、人的資産を含む「無形資産」への投資の重要性が述べられています。
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人材版伊藤レポートとは
人材版伊藤レポートでは、企業価値の向上や収益性の改善を実現する人材戦略がまとめられています。従来の伊藤レポートは、企業と投資家の関係強化による収益性の向上が提言されていましたが、人材版伊藤レポートは組織体系や人的資本に特化した内容となっています。
伊藤レポートの人材戦略版
人材版伊藤レポートは2020年9月に公表されました。「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」の最終報告書の通称で、持続的な企業価値の向上のための、人的資本経営のアイデアがまとめられています。人材版レポートでは、人材戦略に必要となる「3つの視点、5つの共通要素」が取り上げられています。
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3つの視点
人材戦略に求められる3つの視点を解説します。経営陣はこれらの視点を意識して、人材戦略を策定・実行していく必要があります。
1.経営戦略と人材戦略の連動
企業価値の向上には経営戦略と人材戦略の連動が不可欠です。経営戦略に沿って企業が求める人材像を明確にすることで、具体的なアクションが取りやすくなります。
2.As is‐To be ギャップの定量把握
「現在の姿=As is」と「理想の姿=To be」を定量的に把握した上で、ギャップを解消するための計画を策定し、KPIを設定することが重要です。ギャップの解消は一朝一夕にはできないのでPDCAを回すことを意識しましょう。
3.人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着
策定した人材戦略について、企業文化として定着するまで経営層から発信し続ける必要があります。企業文化の熟成には時間がかかるため、長期的な視点で人材戦略を実行していくことが大切です。
5つの共通要素
1.動的な人材ポートフォリオ、個人・組織の活性化
企業の価値を向上させるには、適材適所に人材が配置されていなければなりません。人材の質と量を最適化することにより、将来的な企業目標の達成につながります。
2.知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
企業の成長には、イノベーションの創出が欠かせません。従業員個人の知識・経験を尊重し、価値観やスキルを取り込むことで企業価値の向上が実現できます。
3.リスキル・学び直し
従業員のスキル獲得を後押しすることは企業活動において重要度が高く、なかでもリスキルは注目度が高い取り組みです。中堅の従業員や管理者だけでなく、経営層のリスキル・学び直しも求められています。
4.従業員エンゲージメント
従業員のパフォーマンス向上には職場環境の整備が必須です。働きやすい環境が構築でき、従業員エンゲージメントが向上すると、組織への貢献意識が高まって企業としてのさらなる成長も期待できます。
5.時間や場所にとらわれない働き方
社会の変化に合わせて多様な働き方ができる環境は、災害発生時の事業継続の側面からも重要です。在宅勤務やリモートワークをはじめ柔軟な働き方が広がっていますが、対面コミュニケーションが減少する環境下でも、人材育成ができる体制づくりが課題となっています。
人材版伊藤レポートが作成された背景
人材版伊藤レポートは、企業価値の変化に合わせて作成されました。従来は主に有形資産で企業価値が測られていましたが、昨今では人的資本を含む無形資本へと企業価値の評価の基準が変化しています。2017年10月に公表された伊藤レポート2.0でも、無形資本の重要性について触れられていました。しかし、人材版伊藤レポートでは、経営陣が果たすべき人材戦略の役割やアクションについても明記されています。
人材版伊藤レポートが目指すもの
人材版伊藤レポートが目指すものは、大きく次の2つです。
- 企業の人材戦略の現状とあるべき姿を比較する
- 企業が労働者に選ばれる企業となるための方法を示す
人材戦略に特化した報告書になっていますが、最終的な目標は持続的な企業価値の向上と収益性の改善です。「3P・5Fモデル(3つの視点・5つの共通要素)」を意識しながら、従業員と投資家双方から選ばれる企業を目指します。
2022年5月に人材版伊藤レポート2.0を公表
人材版伊藤レポートのアップデート版として、2022年5月に人材版伊藤レポート2.0が公表されました。
人材版伊藤レポートを深掘りしたもの
人材版伊藤レポート2.0は、2020年9月に公表された人材版伊藤レポートの内容を深堀りし、議論を重ねた結果をまとめられたものです。実践事例集が追加されており、人的資本経営を具体化するためのアイデアが提示されています。
人材版伊藤レポート2.0が作成された背景
2020年に人材版伊藤レポートが公表されてから2年足らずの期間ですが、当時の社会情勢に対応できなくなったことが作成の背景にあります。人材版伊藤レポート2.0では、企業が直面する人的資本に関する課題として、脱炭素化の進展や長引くリモートワークに起因する事例が挙げられています。
人材版伊藤レポート2.0が目指すもの
人材版伊藤レポート2.0が目指すものは、大きく分けて次の2つです。
- 人的資本の重要性を認識する
- 人的資本経営を実践する
人材版伊藤レポート2.0では、各企業が人的資本経営を実践に移すための指針が提示されています。ただし、指針の全ての項目に取り組む必要はありません。経済産業省は企業の事業や環境に合わせて、有効な施策を講じることを推奨しています。
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2023年5月時点の最新版は伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)
2023年5月時点において、最新版となるのは伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)です。
企業価値の向上を目的とした報告書
2022年8月に公表された伊藤レポート3.0は、企業価値の向上を目的とした報告書です。SX版伊藤レポートとも呼ばれているように、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実現に向け、具体的な取り組みついて言及しています。伊藤レポート3.0では、SXの実践が日本企業のメインの稼ぎ方になると述べています。
サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)とは
サステナビリティは「持続可能性」、トランスフォーメーションは「変革」を意味します。サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)とは、社会と企業の持続可能性を同期化させるために必要な経営・事業の変革です。企業の価値を向上させるためにはSXへの取り組みが重要であることから、経済産業省では2021年5月にSX研究会を立ち上げ、議論の成果としてSX版伊藤レポートを策定しました。
伊藤レポート3.0が公表された背景
欧米では企業がサステナビリティ課題に対応することが、企業活動の持続性に大きく影響するといった考えが広がっています。日本国内においても、サステナビリティへの積極的な取り組みが求められていることから、伊藤レポート3.0が公表されました。伊藤レポート3.0では、サステナビリティへの対応が企業価値を高める重要な要素であるとして、実践するための具体策が紹介されています。
伊藤レポート3.0が目指すもの
伊藤レポート3.0が目指すものは、次の2つです。
- 企業の稼ぐ力を向上させる
- 企業価値を向上させる
2014年に公表された伊藤レポートにおいて、日本企業の収益低迷について示されましたが、その後も問題は解決していません。伊藤レポート3.0では、稼ぐ力と企業価値を向上させるためには、戦略の構築やKPIを通じたコミュニケーションが必要だと述べています。
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伊藤レポートを参考に人的資本経営を進めるためのポイント
人材への価値観を見直し、経営戦略と人材戦略を連動させて検討することが、人的資本経営を進めるためには欠かせません。また、人材戦略についても人事部が主導するのではなく、経営層が積極的に関与することが大切です。投資家に対するアピールと従業員へのサポートを両立できるよう、取り組みを推進していきましょう。
伊藤レポートを参考にした人的資本経営への取り組みは企業価値を高める
従業員の能力・スキルの可視化、生産性の向上、従業員エンゲージメントの向上などを通じて企業価値を高めることができます。人材に投資する企業は投資家に評価される傾向にあり、資金調達にも有利となる可能性があります。ただし、形式だけ整えて発信しても持続可能な企業の成長にはつながりません。投資家や従業員との建設的かつ実質的な対話を心がけ、ブラッシュアップしていくことが大切です。
人的資本経営の支援ならAKKODiS
AKKODiSは、一時的ではない継続的なサポートで企業価値を向上させていく支援を行っています。ISO30414認定コンサルタントが、ISO30414に準拠したデータが管理されてるかを調査・把握した上で、人的資本開示に向けてのギャップを調査、人材戦略コンサルティングで人的資本の経営を支援します。
まとめ
伊藤レポートとは、経済産業省が公表している報告書です。伊藤邦雄氏を座長とするプロジェクトの成果をまとめたもので、日本企業の収益性改善や持続可能な成長のための具体策が示されています。2014年8月に初めて発表されて以降、社会の変化に合わせて、「伊藤レポート2.0」や「人材版伊藤レポート」など、複数のアップデート版が公表されてきました。
人材版伊藤レポートは、組織体系に特化した内容となっており、人的資本の重要性が説かれています。人的資本経営を実現するためには、現状調査・分析・経営戦略との連動といったさまざまなステップがあります。ISO30414認証企業のAKKODiSは、人的資本の実情を可視化し、効果的な開示ができるよう支援いたします。人材の活用や組織デザインをはじめ、自社の課題を解決できる施策をご提案いたしますので、まずはお気軽にお問い合わせください。