IOWN構想とは、従来の電気通信に革新的な光通信技術を取り入れた、NTTが提唱している次世代のコミュニケーション基盤のことで、2030年頃の実用化に向けて取り組みが進められています。
近年、世界中で通信量やデータ量が飛躍的に増加しており、それに伴い、消費電力の増加や輻輳などによる遅延の増加といった課題が生じています。IOWN構想はこのような課題を解決し、低消費電力・大容量・低遅延のネットワークを実現すると期待されています。
IOWN構想の概要や求められる背景、実現するメリットなどについて、日本電信電話株式会社 IOWN総合イノベーションセンタ 副センタ長 大石 哲矢 氏にお伺いしました。
人材活用に関するお役立ち情報をお送りいたします。
IOWN構想とは
森本:初めに、IOWN構想の基礎的な内容から教えてください。
大石氏[以下、大石]:IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想とは、NTTが2019年に提唱した、光を中心とした革新的技術を活用した新たなネットワーク・情報処理基盤の構想のことです。IOWN®は、「アイオン」と読みます。
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NTTは、自社が研究開発を進めてきた光電融合技術がIOWN構想を実現するキー技術になると考えていますが、その他にも数多くの革新的な技術が必要であり、NTTグループのみで実現できることではありません。そのため、インテル、ソニーととも設立したIOWN GLOBAL FORUM™に多くのパートナーに参画いただき、連携して研究開発を進めることで、2030年までに低消費電力・大容量・低遅延を兼ね備えた新たなコミュニケーション基盤の社会実装を目指しています。
森本:IOWN構想を取り入れると、どのような社会が実現されるのでしょうか。
大石:IOWN構想では次のような性能目標を掲げて研究開発を進めています。
- 低消費電力…電力効率が100倍
- 大容量…伝送容量が125倍
- 低遅延…エンドエンド遅延が200分の1
従来の情報処理には、一般的に電気処理が行われてきました。しかし、IOWN構想では「光技術」を微細化し、電気処理に光処理を融合させることで、情報通信基盤の低消費電力化を図ることができる点が大きな特徴です。
森本:IOWN構想は、現在の情報通信基盤が抱えている課題を解決してくれる可能性を秘めているのですね。IOWN構想において中核的な技術についても教えていただけますでしょうか。
大石:IOWN構想のコア技術である「光電融合デバイス」と、IOWN構想の3つの構成要素をご紹介します。
IOWN構想のコア技術「光電融合デバイス」
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出典:NTT講演資料
大石:IOWN構想の成功の鍵を握るのは、NTTが研究開発を進めている「光電融合デバイス(PEC)」です。光電融合デバイスとは、1つのシステム内で電子回路と光回路を統合するデバイスで、これを組み込んだシステムの低消費電力化を実現させます。
従来のコンピュータ処理に用いられている電気配線では、データの速度や伝送距離の増加に伴って伝送損失が大きくなり、消費電力が大幅に増加してしまうという課題があります。 それに対して、光電融合技術によって光配線に置き換えることで、データ速度や伝送距離が増大しても消費電力の増加を抑えることが期待されています。
その開発ロードマップですが、まずは「PEC-1」としてデータセンタ間の通信向けデバイスの開発を進めており、一部は既に製品化済です。その後、「PEC-2」以降はコンピューティング領域への適用を目指し、「PEC-2」ではコンピュータ内のボード間通信、「PEC-3」では半導体パッケージ間通信、「PEC-4」では半導体パッケージ内のダイ間通信と進化させていく計画です。
IOWN構想の3つの構成要素
大石:IOWN構想は、以下に挙げる3つの要素から構成されています。
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1.オートフォルニクス・ネットワーク(APN)
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2.デジタルツインコンピューティング(DTC)
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3.コグニティブ・ファウンデーション(CF)
オールフォトニクス・ネットワーク(APN)
大石:オールフォトニクス・ネットワーク(All Photonics Network:以下、APN)とは、ネットワークから端末まで全てに光ベースの技術を導入する、新たな通信ネットワークのことです。APNにより、光の持つ特性を生かした「低遅延」「大容量」「低消費電力」、さらには「高品質」なネットワーク通信が実現します。
現在のネットワークでも、光の伝送路である「光ファイバー」を使った光通信は利用されていますが、実際には、途中の区間で電気信号に戻して処理しており、それが通信遅延や遅延の揺らぎ、電力消費増の要因になっています。
そこで、通信を全てフォトニクス(光)で行えるAPNを導入することで、従来と比較して大幅な低消費電力や低遅延が実現可能です。APNは、次世代のコミュニケーション・インフラとして、社会をよりスマートにする可能性があると期待されています。
デジタルツインコンピューティング(DTC)
大石:デジタルツインコンピューティング(Digital Twin Computing:以下、DTC)とは、サイバー空間上に配置したさまざまなデジタルツインを自由に掛け合わせて演算を行い、分析や予測、試行などを可能にするコンピュータ技術です。
デジタルツインは、自動車や生産機械などの実世界に存在するモノやヒトを、サイバー空間上で再現し、それに対して分析・予測を行うことを指します。それに対して、NTTの提唱するDTCは従来のデジタルツインの概念を発展させ、多様な産業間のモノとヒトのデジタルツインを掛け合わせて演算を行うことによって、大規模なシミュレーションや未来予測が可能になり、社会課題の解決や新たなサービスの創出につながると期待されています。
コグニティブ・ファウンデーション(CF)
大石:コグニティブ・ファウンデーション(Cognitive Foundation:以下、CF)とは、クラウドやネットワークサービス、エッジコンピューティングやユーザ設備など、さまざまなICT※リソースの構築や管理を一元的に行う仕組みのことです。
従来は、アプリケーションやソリューションごとにICTリソースを個別に配置し、構成を最適化していく必要がありました。しかしCFでは、マルチオーケストレータ(Multi Orchestrator:以下、「MO」)という機能により、アプリケーションやソリューションの要望に応じてICTリソースの配備・構成を最適化し、さらにはMOの機能拡充により、運用の自動化・自律化を目指していきます。
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ICT:Information and Communication Technologyの略称で、情報通信技術のこと。スマートフォンやパソコンなどのコンピュータを活用した情報処理・通信技術を指す。
IOWN構想が求められる背景
森本:光電融合デバイスと、IOWN構想の3つの構成要素についてわかりやすく解説いただきありがとうございます。このような先端技術を活用したIOWN構想が求められるようになった背景について、改めて教えていただけますか?
大石:IOWN構想が求められる背景には、デジタルサービスの多様化や通信インフラの高度化、AI技術の発展等に伴い、通信トラフィック量やデータが年々飛躍的に増加していることが挙げられます。
森本:総務省の「情報通信白書」によると、特にモバイル端末によるデータ量増加が顕著であることが示されているようです。
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上記図は、世界のモバイルデータトラフィックの現状と予測です。2020年は48.9エクサバイト/月だったところ、2023年は114.8エクサバイト/月と2倍以上に増えました。さらに、2028年にはデータ量が324.8エクサバイト/月まで膨れ上がると予測されています。
大石:それに加えて、扱うデータ量が増えるということは、それを処理するための消費電力も増えることを意味します。
森本:国立研究開発法人科学技術振興機構によると、現在のシステムを使い続ける場合のデータセンタにおける世界の消費電力については、2030年で3,000TWh、2050年で500,000TWhに上ると報告されています。2018年のデータセンタにおける世界消費電力は190TWhであることから、2030年と比較するとその差は15倍以上です。
また、国内の消費電力に関しても、2030年に90TWh、2050年に12,000TWhに上ると想定されています。2018年の国内における消費電力は14TWhであったため、2030年比でその差は6倍以上です。
大石:今後さらにデータ量が増加して、デジタルサービスなどが高度化・複雑化していくと、既存の情報通信システムでは対応が難しいことから、革新的な技術による課題解決を図るIOWN構想の実現が期待されています。
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IOWN GLOBAL FORUM™の参画企業と役割
森本:IOWN構想を世界的に実現するために、IOWN GLOBAL FORUM™が発足されたとのことですが、どのような企業さまが参加し、どのような役割を担っているのでしょうか?
大石:IOWN GLOBAL FORUM ™は、IOWN構想を実現するために、グローバルの企業と一緒に技術を開発し、共にビジネス展開につなげ、グローバルなエコシステムを構築することを目指して、2021年1月にNTT、インテル、ソニーの3社で設立された国際的な非営利団体です。IOWN GLOBAL FORUM ™には、2024年9月時点で150を超える企業や研究機関、大学等の組織が参画しています。
IOWN GLOBAL FORUM™では、実現すべき世界をより具体的に描き、実現していくために、テクノロジの検討だけでなく、ユースケースの検討にも取り組んでいるのが特徴で、ユースケースを議論するワーキンググループではIOWN GLOBAL FORUM™のビジョンに沿ったアプリケーションの具体化、潜在的なビジネス影響の推定、そのための技術要件等の議論が活発に行われています。 IOWN構想に興味を持っていただいた企業・団体の方には、IOWN GLOBAL FORUM™のメンバ加入をご検討いただければ、と思います。
IOWN構想が描く未来とユースケース
森本: IOWN構想の実現に向けて、多くの企業さまと共創されているのですね。すでに具体的なユースケースなども存在しているのでしょうか?
大石さま:はい。IOWN構想によって得られる新しい価値を具体的にイメージしてもらうには、既存の技術との違いがはっきりとわかるユースケースを示していくことが重要ですので、いろいろなパートナーさまの力を借りながら、ユースケースの具体化を進めています。
今回は、APNの特徴を生かした具体的なユースケースを3つご紹介します。
遠隔地とのコラボレーション
大石:大容量・低遅延というAPNの特徴を活用し、地理的に離れた人同士があたかも同じ場所にいるかのような感覚で共同作業できることが期待されます。その一例として、NTTグループでは東京―大阪―神奈川―千葉の4カ所の会場をAPNでつないだコンサートを開催し、別々の場所にいる指揮者・演奏者によって一つの楽曲を合奏することに成功しています。
遠隔医療
大石:手術支援ロボットによる遠隔手術は、医療を取り巻く社会課題の解決に寄与することが期待されていますが、既存のネットワークでは遅延や遅延揺らぎの影響により安定したロボット操作ができないという課題がありました。それに対して、低遅延で、かつ遅延揺らぎがほとんどないAPNであれば通常のロボット手術と変わらない形で遠隔手術を行うことが可能になります。さらにAPNの大容量を生かして遠隔の手術室の映像や音声を高品質かつリアルタイムに伝送することで、拠点間のコミュニケーションもスムーズに行えることが期待されます。
データセンタ間接続
大石:APNはデータセンタ間の接続でも活用されています。APNサービスで地域のデータセンタ間やハイパースケーラのデータセンタ間を大容量、低遅延で接続することで、あたかも一つのデータセンタとして扱うことが可能になります。再生可能エネルギーが潤沢な地域のデータセンタを積極的に活用することで、再生可能エネルギーの利用促進にも役立つものだと思います。
さいごに
森本:本日は、日本電信電話株式会社 IOWN総合イノベーションセンタ 副センタ長 大石 哲矢 氏に、IOWN構想について詳しくお話を伺いました。貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございました。
今回は、IOWN構想の概要、求められる背景、そしてその実現に向けた取り組みについて解説していただきました。IOWN構想とは、NTTが提唱する通信の低消費電力・大容量・低遅延を実現させ、今までにはないスマートな社会を実現するための構想のことです。コア技術の「光電融合デバイス(PEC)」は、電子回路と光回路を統合することで低消費電力を実現し、さらにAPN・DTC・CFの三つの要素から構成されています。
また、NTT、インテル、ソニーの3社で設立したIOWN GLOBAL FORUM™では、多くのパートナーと連携し、研究開発とユースケースの創出を推進しています。AKKODiSでは、これまで幅広いエンジニアリング分野で人財育成を担ってきたノウハウと知見を提供し、IOWN構想の早期実用化、サービスの普及に貢献する目的で、2024年2月にIOWN GLOBAL FORUM™へ参画しました。IOWN構想の実現には、技術革新を進めることはもちろん、エンジニアの育成が必要不可欠です。そこで、これまでに培った人財育成の実績とノウハウを生かし、IOWNに関連する知識やスキルを明確化し、育成と輩出に努めてまいります。